カリフォルニア便り 第5号
スタンフォード大学CSLI, Visiting Scholar 伊藤英一
街路樹の銀杏や楓が秋色に染まっています
- シリコンバレーも秋色に染まってきました。カナダの国旗に描かれている楓も赤く染まっています。多くの街路樹、銀杏の木、名も知らぬ木々も黄色くなっています。今まで青空が広がっていたのが嘘のように雲が多く、雨の日が増えてきていますが、晴れた日にはカリフォルニアの青い空が健在です。雨期といってもスコールのようなものとは異なり、時雨模様の日が続くようです。
パーソナル・インタフェースとユニバーサル・アクセス
- 究極の利用者に適したインタフェースとは、利用者個々の特徴や特性、個性、嗜好に適応し、様々な手段、方法、メディアに応じた手段が自由に(自動的に)選択できるようなものなのでしょう。現在、インタフェースの研究では、いろいろな様式(方法)によるマルチモーダル・インタフェースと呼ばれるものが盛んですが、これを現実的なユニバーサルな装置として、実現するのは至難の業です。それは、すべての利用者のさまざまな要求を満たすためには、ありとあらゆるインタフェースを用意する必要があり、物理的にも経済的にもそれは不可能です。そこで、現実的なマルチモーダルなユニバーサル・インタフェースとはどのようなものが考えられるのでしょうか?
- アルキメデス・プロジェクトで研究されているTotal Access Systemは、このマルチモーダルなユニバーサル・インタフェースを実現するために、Total Access Port(TAP)という共通の接続口を境界面として存在させ、TAPを有する一般的な操作対象装置と、利用者個々が用意するパーソナル・インタフェース(アルキメデス・プロジェクトではAccessorと称する)とを分離した構造となっています。
- 利用者が自分にもっとも適したパーソナル・インタフェース(Accessor)、例えば音声認識装置を、操作対象であるコンピュータのTAPに接続すれば、そのコンピュータがどのようなメーカーであっても、機種やオペレーティングシステム(OS)、アプリケーションソフト、デバイスドライバ等に左右されない環境が提供できます。つまり、利用者自身が自分に適応しているパーソナル・インタフェースを持ち歩き、必要に応じてアクセスしたいコンピュータと接続するという形態を取っています。
- また、たったひとつのスイッチしか操作できない人の場合、操作可能なひとつのスイッチと、そのスイッチから利用者の意図を読み取り、操作対象である装置/機器を制御するコマンドへ変換する部分もAccessorの役割りとなります。AccessorからTAPに出力される電気的信号特性、およびコマンド群は、ネットワークによる接続が可能であり、予め規格として定めておけば、コンピュータ以外にも様々な装置/機器へのアクセスが可能となります。
- 例えば、室内の照明やエアコン、扇風機、テレビ、ビデオ、オーディオ機器、電話、インターホン、呼び鈴などのコントロールも可能になります。つまり、高位頚髄損傷などによる四肢麻痺者が自立生活のために利用する環境制御装置としての用途としても広がる可能性を秘めています。
- さて、実際にはTAPを有する装置/機器は現存しません。そのため、パーソナル・インタフェース(Accessor)からの信号やコマンド群が、直接操作対象である機器に接続できません。そのため、TAPの機能を有する中継器、つまりTAPコマンドを、操作対象である装置/機器が理解できる信号に変換する中継器が必要です。その中継器は操作対象である機器に依存します。しかし、その中継器は操作対象である装置/機器の種類だけあれば良い訳です。今日まで行われてきた、それぞれの身体機能(F)に応じて各種機器(N)のインタフェースを作る場合は F x N 種類の機器開発が必要であったのが、F種類のAccessorとN種類のTAP、つまり F + N 種類の機器開発で済む事になります。そのため、経済的に有利であり、さらにAccessor、つまりパーソナル・インタフェースのユーザー層は拡大するため、機器の評価をする人が増加するという事から、インタフェースの研究開発の面においても良い事だと思います。
- 障害者や高齢者以外であっても、例えば、電子手帳のようなPDA(Personal Didital Assistant)が大好きな人であれば、それで様々な機器へのアクセスが可能となれば便利になるでしょう。家庭電化製品のリモコン操作を自分のPDAやモバイルコンピュータ、携帯電話から可能になるのも夢ではありませんし、遠隔地からお気に入りのインタフェースを操作して自宅のビデオ予約をするのもそれほど難しい作業ではないはずです。
- しかし、これらを実現するためにはTotal Access Portの普及もさる事ながら、これに流すべき信号とかコマンド群を国際的に統一規格として取り決めることが重要でしょう。この規格(standard)を定める事はなかなか難しく、しかし規格を定めなくては利用者の不利益が生じます。歴史からも規格の重要性と、統一規格ができなかったばかりに利用者の不利益が生じた事は証明されています。上手く行かなかった例としては、ビデオテープの規格。このように難しい問題が山積していますが、TRYしていかなければなりません。
既存機器/装置へのアクセスとその拡大手段
- 一般的に手に入れやすい機器のほとんどは障害者や高齢者の使用を考慮していません。しかし、それら既存の機器にすでに付属している機能を応用したり、僅かな改良を施したり、他の製品と組み合わせたり工夫することにより、障害者や高齢者にも十分利用できるようになるものがあります。
- 特に、他の製品と組み合わせる事によって利用価値が向上するという視点は大切なのですが、日本製の機器/装置の多くは市場を独占しようとする力が働くのか、メーカー独自の規格で、しかも自社専用のオプションという事例が多く、消費者の選択の自由を阻害し、利用価値(付加価値)を自ら下げてしまうような製品しか見当たりません。
- 反対に、こちらアメリカのDoItYourselfの店を見渡すと、様々な部品が並んでいます。しかも、日本の同様の店には必ずあるメーカー別商品リストや互換表などの類がほとんど無く、○○社製用とか○○専用部品という注意書きはほとんどありません。つまり、目的とする部品はメーカーが異なってもほとんどのものが取り付けられたり、流用が可能なのです。先日も我が家の電気式レンジ台(こちらではストーブといいます。部屋を暖めるものではなく、調理に使うコンロの事)の発熱体が断線したので、ストーブのメーカーなどを控えて探しに行ったのですが、大きさ(直径と熱量)が数種類あるだけで迷う事も無く、さらに購入してきた無印の部品はドライバ1本で容易に取り替える事が出来ました。
- 同様に、テレビやビデオのリモコンについても、壊れたり無くしたりした場合、そのメーカーの同じ機種のリモコンを買う必要はなく、説明書通りに設定するだけで、どのメーカーにも簡単な切り替えのみで使えるリモコンがほとんどです。もちろん、日本製であってもアメリカで販売されているテレビやビデオであれば問題はありません。しかし、日本国内で販売されているテレビやビデオの多くは、リモコン信号の規格等が公開されていないのが現状であり、そのため、一般のリモコンは大手メーカー専用であったり、数社のメーカーが切り替えられるものというのが精一杯です。前出の環境制御装置などに組み込む場合、専用リモコンを改造するか、リモコンの信号を記録する事ができる高価な学習型リモコンの利用しか、解決策がありません。このような状況はユーザーの不利益にしかなりません。
- そのような機器/装置へのアクセスを拡大するためには、規格を定めたり、各社独自路線ではなく協調する事が重要なのですが、そのような動きはほとんど見えてません。(○○協会とか○○協議会という関連メーカーの団体ではユーザーの不利益よりも政府や役所への圧力団体としての活動が重要なのでしょうね。)そのため、せめてインタフェースの規格の公開や、要望や改造の相談を受けていただけるセクションの紹介、他社製品を接続する際には相互に情報交換できるような仕組みを検討して頂ければと思います。
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November 30th, 1998
伊藤英一 Eiichi ITO [ ito@csli.stanford.edu ]
Visiting Scholar, The Archimedes ProjectCSLI Stanford University